兵庫県 西宮市
兵庫県西宮市、海辺の酒蔵と球場から甲山へ物語をたどる旅
「えべっさん」の赤門、宮水を育む酒蔵地帯、甲子園球場、夙川の桜と文学、甲山を望む学び舎、越木岩神社の巨石へ。西宮の海辺から山側まで、土地に刻まれた由緒と記憶をたどります。
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西宮には香櫨園、苦楽園、甲陽園、甲東園など、「園」の付く地名が7つあります。明治末から昭和初期に生まれた遊園地、別荘地、鉄道による郊外開発の名残であり、地名そのものが町の成り立ちを語っています。
山側から海辺へ目を移すと、夙川は標高565mの剣谷山を水源に、河口まで約8kmを一気に流れ下ります。日本有数の急流とされ、都市化の過程で川床が周囲より高い「天井川」になったことも、西宮の地形を知る手掛かりです。
赤門の内側で「えべっさん」の時間を読む
西宮神社は公式説明で、全国のえびす神社の総本社であり、関西では「えべっさん」の愛称で親しまれているとされています。阪神西宮駅の改札口にある「えびす口」も、最寄りの西宮神社にちなんだ名前です。
神社の公式由緒では、神戸・和田岬の沖に現れた御神像を鳴尾の漁師が救い上げ、西宮に祀ったことが始まりとされています。鎮座年代は明らかではありませんが、平安時代後期の文献に戎の名が見えることから、平安中後期と推測されています。
境内の表大門、通称「赤門」は桃山時代(1573〜1614年)建立の四脚門で、1926年4月19日に国の重要文化財に指定されました。表大門の北に続く大練塀は室町時代中期(1393〜1466年)の建立で、折れ曲がりを含めて延長68.5mあります。
神社の公式説明では、開門神事は鎌倉時代の文献に見える忌籠の風習に基づくとされています。1月9日深夜に閉じた表大門が10日午前6時に開くと、約千人が二百メートル先の本殿を目指して「走り参り」をします。
「福男」の認定も神社の記録に由来があります。公式説明では、昭和13年の同着をきっかけに福男という呼び名が生まれ、翌14年に一番から三番までを占めた三人が称えられたことから、翌15年より上位三人を認定する方式になったとされています。
かつて産所町に住んだ傀儡師(くぐつし)たちは、西宮神社のお札を携えて諸国を巡り、首から下げた箱の人形を踊らせる「えびすかき」で信仰を広めました。彼らが祖神として祀った百太夫神社は、傀儡師が姿を消した後も西宮神社境内に残っています。
宮水から樽廻船へ、酒蔵の町と海の仕事
酒造りに使われる宮水は、六甲山系を起源とする伏流水です。かつて海だった場所を流れる間に海水由来のミネラルを吸収し、その後に酸素と反応して鉄分が沈殿・除去されることで、ミネラルが豊富で鉄分が極めて微量な水になります。
宮水は天保11年(1840年)、魚崎郷の酒造家・山邑太左衛門が西宮の「梅の木井戸」の水を魚崎へ運んで仕込み、質の高い酒ができたことで酒造りへの適性が確かめられたと伝わります。その故地には宮水発祥之地碑が立っています。
辰馬本家酒造の公式沿革では、寛文2年(1662年)、初代吉左衛門が西宮の邸内に掘った井戸の水で酒造りを始めたことが「白鹿」の起源とされています。白鹿記念酒造博物館は昭和57年(1982年)、明治2年(1869年)築の酒蔵を活用して開館しました。
灘五郷は2018年6月28日、酒類の地理的表示(GI)「灘五郷」に指定されました。清酒の原料米と仕込み水をはじめ、醸造、貯蔵、瓶詰めまでを灘五郷内に限る生産基準があります。土地と酒の結び付きが、明確な条件として示されています。
西宮から江戸へ向かう酒は樽廻船で運ばれました。航海中に木樽の杉の香りが酒へ移り、熟成が進んで酒質も向上すると評判になりました。新酒を競って届けた「新酒番船」では、西宮―江戸間を57時間で結んだ記録があると伝わっています。
今津港の大関酒造今津灯台は、1810年に大関酒造の長部家5代目長兵衛が私費で建てた灯台です。1968年に海上保安庁から航路標識として認定され、正式承認された日本最古の灯台とされています。酒造家が海上輸送を支えた痕跡です。
海辺には、1865年(慶応元年)に大阪湾防備のため築かれた西宮砲台も現存します。隣接して造られた今津砲台はのちに完全に撤去されましたが、西宮砲台は「三層ノ石造圓堡」と記録され、国指定史跡として残されています。
「甲」と「子」の球場に重なる放送・鉄道・建築
阪神甲子園球場が完成した1924年は、十干の最初の「甲」と十二支の最初の「子」が重なる縁起のよい年でした。それが「甲子園」という名の由来です。球場は1924年3月16日の起工から8月1日の完成まで、5カ月足らずで建設されました。
コンクリートの外壁を覆うツタは、殺風景な外観を緑化するため1924年12月に植えられました。開場時の鉄製の傘は1943年に金属供出で取り外され、1951年にジュラルミン製の屋根として復活してから「銀傘」と呼ばれるようになりました。
1927年8月には、第13回全国中等学校優勝野球大会が日本初のスポーツラジオ実況中継の舞台となりました。外野には1947年、本塁打を出やすくするラッキーゾーンが設けられ、1991年12月5日に44年間の役目を終えて撤去されています。
JR甲子園口駅は名前に「甲子園」を含みますが、球場までは南へ離れ、徒歩で軽く30分ほどかかります。1991年から1993年には、新大阪駅と甲子園口駅の間16.7kmを一晩かけて走る「ナインドリーム甲子園」が、高校野球の期間に運行されました。
球場から建築へ視線を移すと、旧甲子園ホテルである武庫川女子大学甲子園会館があります。昭和5年(1930年)竣工、フランク・ロイド・ライトの弟子・遠藤新の設計で、2009年に国の登録有形文化財となりました。
夙川を下り、桜と飛行と文学の記憶へ
夙川公園・夙川河川緑地帯は、兵庫県では姫路城、明石公園と並んで「日本さくら名所100選」に選ばれています。西宮市公式サイトによれば、市の花「さくら」も市制40周年記念事業として市民から公募され、1965年3月に制定されました。
香櫨園という地名は、1907年に香野蔵治と櫨山慶次郎が開いた遊園地に由来します。遊園地は1913年に閉鎖され、その後は住宅地へ転換しました。その少し前の1912年(明治45年)には、香櫨園浜で米国人アットウォーターによる水上飛行機の飛行が行われています。
村上春樹は西宮市立香櫨園小学校の第1回卒業生で、辰馬家が市に寄付した旧西宮市立図書館へ幼少期によく通っていました。2019年5月発表の随筆『猫を棄てる』には、西宮、夙川、香櫨園という地名が繰り返し登場すると紹介されています。
夙川の近くにある満池谷累層は、ラリックス層とも呼ばれます。ここから現在の西宮には自生しないグイマツやシラカンバなど、寒冷地の植物の化石が発見されました。これらは、西宮に氷河時代があったことを示す証拠とされています。
甲山を軸に眺める二つの学び舎
関西学院大学西宮上ケ原キャンパスの時計台は、1929年に建てられた旧図書館です。ヴォーリズは甲山山頂へ伸びる軸線を主軸としてキャンパスを構成し、その中心に時計台を配置しました。建物は2009年8月7日に国の登録有形文化財となっています。
岡田山の神戸女学院大学にも、ヴォーリズが設計した建物が残ります。1933年(昭和8年)のキャンパス移転時に整えられた建物のうち、現存する12棟が2014年に国の重要文化財に指定されました。二つの学び舎から、建築家の仕事をたどれます。
甑岩と刻印石、花崗岩に残る物語
越木岩神社の公式説明では、ご神体の甑岩(こしきいわ)は周囲約40m・高さ約10mの花崗岩の巨石です。酒米を蒸す道具の「甑」に似ているため、この名が付いたとされています。巨石の姿と酒造りの言葉が、ここで一つにつながります。
西宮では良質な花崗岩が産出し、大阪城修築用の石を切り出した石切場の跡が残ります。越木岩神社にも、大名の家紋や文様などを刻んだ「刻印石」が残されています。海辺の酒蔵や球場から歩みを重ねた旅は、山側の岩に刻まれた印へ静かに行き着きます。
西宮市クイズ
全3問Q1
西宮神社の「開門神事」で、1月10日午前6時に表大門が開くと参拝者は何をする?
残念、不正解 正解は ア「本殿まで一斉に走って参拝する」
西宮神社の公式説明では、開門神事は鎌倉時代の文献に見える「忌籠の風習」に基づくとされます。1月9日深夜に境内の門が閉じられ、10日午前6時に大太鼓の音とともに表大門が開くと、約千人が二百メートル先の本殿を目指す「走り参り」が始まります。早朝の門前に立てば、走り出す瞬間の空気を体感できます。
Q2
今津港に立つ「大関酒造今津灯台」を1810年に建てたのは?
残念、不正解 正解は ア「大関酒造の創業家」
大関株式会社の公式説明では、1810年に大関酒造の長部家5代目長兵衛が私費を投じて建てたのが始まりです。今の灯台は1858年に6代目文次郎が再建した「木造袴腰付灯籠型灯台」で、1974年に西宮市指定重要有形文化財に。航路標識として正式承認された日本最古の灯台とされます。今も灯る姿を岸辺から眺めてみてください。
Q3
阪神甲子園球場の「甲子園」という名前は、何に由来する?
残念、不正解 正解は ア「球場が完成した1924年の干支「甲子」」
球場公式の説明では、球場が完成した1924年は十干の最初「甲」と十二支の最初「子」が合わさる縁起のよい年で、これにちなんで付近一帯が「甲子園」と名付けられました。球場名だけでなく、駅名も街の名も、この一年の巡り合わせから始まっています。駅の表示を見上げて、同行者に話してみてください。
出典
この記事は次の資料にもとづいて書いています。
- 1.西宮 地名に「園」なぜ多い リゾート・農園の名残 - 日本経済新聞
- 2.主な学習要素(夙川流域)国土交通省近畿地方整備局六甲砂防事務所(国土交通省近畿地方整備局六甲砂防事務所)
- 3.西宮神社について - えびす宮総本社 西宮神社 公式サイト
- 4.えびす宮総本社 西宮神社 公式サイト アクセス
- 5.西宮駅 (阪神) - Wikipedia
- 6.西宮神社表大門 - 文化遺産オンライン
- 7.西宮神社大練塀 表大門の北 - 文化遺産オンライン
- 8.開門神事の歴史 - えびす宮総本社 西宮神社 公式サイト
- 9.[西宮ペディア] 傀儡師故跡(産所町) – 西宮流 (にしのみやスタイル)
- 10.西宮市 日本遺産「伊丹諸白」と「灘の生一本」下り酒が生んだ銘醸地(西宮市)
- 11.宮水の需要|酒ミュージアム(白鹿記念酒造博物館)(白鹿記念酒造博物館)
- 12.白鹿 HAKUSHIKA|辰馬本家酒造株式会社 沿革(辰馬本家酒造)
- 13.酒ミュージアムについて|酒ミュージアム(白鹿記念酒造博物館)(白鹿記念酒造博物館)
- 14.酒ミュージアム(白鹿記念酒造博物館)|artscape(artscape)
- 15.GI灘五郷|灘五郷酒造組合(灘五郷酒造組合)
- 16.1.室町~江戸時代|灘五郷:歴史|灘五郷酒造組合
- 17.日本遺産ポータルサイト「伊丹諸白」と「灘の生一本」STORY #097(文化庁)
- 18.「伊丹諸白」と「灘の生一本」下り酒が生んだ銘醸地|灘五郷酒造組合(灘五郷酒造組合)
- 19.今津灯台とは|日本遺産 今津灯台|大関株式会社
- 20.今津灯台今昔|日本遺産 今津灯台|大関株式会社
- 21.現役最古の木造灯台が160メートル対岸に移設、8カ月ぶりに再点灯【兵庫県西宮市 今津灯台】
- 22.西宮砲台|文化遺産オンライン
- 23.甲子園秘話|これまでの歩み|阪神甲子園球場100周年記念サイト
- 24.“東洋一の大球場”はなぜつくられたのか|日本高等学校野球連盟
- 25.これまでの歩み|阪神甲子園球場100周年記念サイト
- 26.スポーツ実況中継、発祥は甲子園 戦前のラジオで人気に
- 27.撤去されてからちょうど23年 甲子園球場ラッキーゾーン今昔物語(やきゅうタロウ)
- 28.「甲子園球場へは阪神で」は本当か(神戸新聞)
- 29.甲子園まで徒歩3分のはずが30分?…JR甲子園口から甲子園まで歩いてみた(Number Web)
- 30.武庫川女子大学甲子園会館(旧甲子園ホテル) 文化遺産オンライン(文化庁)
- 31.武庫川女子大学 甲子園会館(旧甲子園ホテル)- 建築について -(武庫川女子大学)
- 32.市のシンボル|西宮市ホームページ
- 33.3:『西宮七園』 住宅地の開発 ~ 西宮・宝塚 | このまちアーカイブス(三井住友トラスト不動産)
- 34.9月号「阪神間少年・村上春樹」をめぐる冒険 - 西宮市ホームページ
- 35.村上春樹 (西宮市・芦屋市出身) | 西宮文学回廊
- 36.関西学院大学時計台(旧図書館) 文化遺産オンライン(文化庁)
- 37.ヴォーリズ研究センター|関西学院大学(関西学院大学)
- 38.重要文化財 神戸女学院大学
- 39.ご神体 - 越木岩神社公式サイト
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