北海道 札幌市
9度傾いた碁盤の目を歩く札幌市——演武場の鐘から締めのパフェまで
札幌市の碁盤の目は創成川を基準に引かれ、真北からわずかにずれています。火防線から育った大通、演武場として建った時計台、円山の開拓三神、狸小路で生まれた味噌ラーメンや締めのパフェまで、街の成り立ちを順にたどります。
公開 出典 36件

札幌という地名は、アイヌ語の「サッ・ポロ・ペッ」、乾いた大きい川に由来すると伝えられています。地名研究の記録では、実際に「サッポロベツ」と呼ばれた例は見当たらず、ふだんは「サツホロ」と書かれてきたそうです。乾いた川を指す言葉が、そのまま今の市の名前になっています。
街なかの移動にも、この街らしさがあります。1971年に開通した市営地下鉄は3路線すべてがゴムタイヤ式で、騒音が少なく乗り心地がなめらかだと言われます。地上では2015年12月20日、札幌駅前通に400メートルの区間が新設され、路面電車がループ状につながりました。
火防線から育った大通と、9度ずれた碁盤の目
地図を広げると、中心部の碁盤の目がわずかに傾いているのが分かります。街づくりの基準になったのは大友堀、のちの創成川で、この川が西に9度傾いていたため、区画もその向きを引き継ぎました。真北を基準にした山鼻地区の街路とは、向きが微妙に違います。
大通公園のもとは、公園ではなく火を止めるための空き地でした。1871年、岩村通俊が札幌で街割りの測量を進め、市街を南北に分ける火防線が整えられます。幅は十二間、約21.6メートル。北側は官有地、南側は民間地と、土地の性格を分ける境目でもありました。この帯は1872年に「後志通」と名付けられ、1881年に現在の「大通」へ正式に改称されています。
大通に立つさっぽろテレビ塔は、1956年6月に着工し、同年12月に塔体が完成、翌1957年8月に正式オープンしました。設計は「タワー博士」と呼ばれた内藤多仲。名古屋テレビ塔、通天閣、別府タワー、東京タワー、博多ポートタワーと合わせて「タワー六兄弟」と呼ばれています。
この道は季節ごとに姿を変えます。さっぽろ雪まつりの始まりは1950年2月18日、市内3高校・2中学の生徒らが作った6基の雪像で、人出は5万人あまりでした。1953年には高さ15メートルの大雪像「昇天」が初めて作られ、少しずつ規模が広がっていきます。
冬の夜を照らすさっぽろホワイトイルミネーションは、1981年12月12日に始まりました。最初は大通公園2丁目の広場にある1本の木に、約1000個の電球を飾っただけ。日本で最初のイルミネーションとされ、今は約52万個の規模に広がっています。
夏には、1992年に生まれたYOSAKOIソーラン祭りがあります。ルーツは高知のよさこい祭りで、手に持つ鳴子はもともと田畑で鳥を追い払う道具でした。ソーラン節は、漁師がニシン漁のときに歌った労働歌です。ルールは鳴子を持つことと、曲にソーラン節のフレーズを入れることの2つだけで、踊りも衣装もチームの自由です。
演武場の鐘と、赤れんがに戻った八角塔
札幌市時計台は、もともと札幌農学校の演武場でした。1878年10月16日に完成し、設計と監督は開拓使工業局の主席建築技術者・安達喜幸。基本構想は第2代教頭ホイーラー教授の指導のもと、マサチューセッツ農科大学を参考にしたものです。1階は研究室や講堂、博物標本室、2階は軍事教練や体操の練習場で、入学式や卒業式の中央講堂にもなりました。
塔の時計は、建物の完成直後、1878年10月25日にニューヨークのハワード時計商会へ注文され、1879年6月頃に札幌へ届きました。動き出したのは1881年8月12日。鐘の音とともに、正しい時刻を住民に知らせ始めます。2009年には、日本機械学会の機械遺産の第32番目に認定されました。
この建物は、一度まるごと動いています。1906年、札幌区は時計台を買い上げるとともに、道路整備のため、時計塔をつけたまま100メートルほど南へ曳家しました。塔を外さずに引いていったと知ってから正面に立つと、見え方が少し変わります。
北海道庁旧本庁舎、通称赤れんが庁舎は1888年の竣工です。外壁を覆う約250万個の赤れんがは、れんがに適した粘土が見つかった白石村、今の札幌市白石区で創業した鈴木煉瓦製造場が主に作りました。積み方はフランス積みで、長いれんがと短いれんがが長・短・長・短のリズムで交互に並びます。
その八角塔は、一度姿を消しています。1895年頃に換気塔とともに撤去され、1909年の火災では内部が全焼、1911年に復旧工事が完成しました。塔が戻ったのは1968年の復原改修で、翌1969年に国の重要文化財に指定されています。
円山に迎えられた開拓三神と、藻岩山の原始林
北海道神宮の由緒では、始まりは札幌ではなく東京に置かれています。明治2年9月1日、明治天皇の詔により、大国魂神・大那牟遅神・少彦名神の開拓三神を祀る「北海道鎮座神祭」が東京の神祇官で執り行われました。御霊代は札幌に入り、明治3年5月15日に北5条東1丁目の仮社殿へ遷座、明治4年9月14日に円山の地へ社殿を造営して鎮座したとされています。
社名も変わりました。同宮が伝えるところでは、もとの名は「札幌神社」で、昭和39年10月5日に明治天皇を増祀して「北海道神宮」と改称されたそうです。古い資料に札幌神社と出てきても、別の社ではありません。
藻岩山(もいわやま)の原始林は、ロープウェイ公式サイトの説明では1921年3月3日に天然記念物の指定を受けたとされます。明治期に札幌の街づくりが進み、各地で貴重な原始林が失われていくなかでの指定でした。以来、植物学や昆虫学の研究の場、そして市民の憩いと学びの場になってきたと紹介されています。
標高531メートルの山頂へは、ガラス張りのもいわ山ロープウェイと、ミニケーブルカー「もーりすカー」を乗り継ぎます。豊かな自然のなかを空中散歩のように進む道のりですが、窓の外が天然記念物の指定を受けたとされる森だと分かっていると、同じ斜面が違って見えてきます。
行幸の宿になった洋館と、学生が植えたポプラ
豊平館の公式の説明によれば、かつて旅行者の宿には本陣や脇本陣、本庁分局などをあてていましたが、新しい宿泊施設の必要が高まり、豊平館が設けられることになりました。1878年に安達善幸が設計を行い、1879年春に着手、1880年11月に本館工事が完成して、12月3日に落成式が挙行されました。
完成の翌年には、大きな役目が回ってきます。豊平館公式の沿革では、1881年8月30日から9月2日まで、明治天皇の北海道行幸における札幌の行在所にあてられたとされています。宿泊施設として建てられた洋館が、そのまま天皇の滞在先になりました。
もう一つ押さえておきたいのは、豊平館が建てられた場所に今は立っていないことです。1958年5月、中島公園への移築保存が完了しました。公園の緑のなかで洋館に出会うと少し唐突に感じますが、運ばれてここにいる建物なのだと分かると納得がいきます。
北大のポプラ並木が植えられたのは、明治45年、1912年のことです。手がけたのは札幌農学校林学科の学生たち。北海道を代表する景観として知られる並木が、林学を学ぶ学生の手から始まったと考えると、見上げる気持ちが変わります。
狸小路で生まれた味噌と、スパイスが変えた一皿
食の話に移ります。明治9年、1876年、ドイツで醸造法を学んだ日本人技術者らが集まり、サッポロビールの前身となる開拓使麦酒醸造所が誕生しました。工場が建てられたのは、現在のサッポロファクトリーがある場所です。
創成川のそばの二条市場は、明治初期に石狩浜の漁師が新鮮な魚を売り歩いたのが始まりとされ、125年以上の歴史を持つ市民の台所として親しまれてきました。最初は魚の市場が並び、そば屋や居酒屋、青果店が加わって今の基礎ができたそうです。今は水産会社や鮮魚店が約25店舗、市場のなかの食堂が約10店舗で、カニやサケ、イクラのほかメロンなどの農産物も並びます。
狸小路は正式な地名ではなく、中央区南2条と南3条の間、西1丁目から10丁目にかけての通称で、総延長は約900メートルあります。開拓使の設置をきっかけに商家や飲食店が建ち始めた一角が、やがてそう呼ばれるようになったと伝わります。名前の由来には、客を巧みに誘う様子をタヌキに例えた説と、タヌキが生息していた説があります。
その狸小路にあるラーメン店「味の三平」から、札幌みそラーメンは始まりました。大宮守人が常連客の要望を受けて昭和30年からテストメニューとして味噌ラーメンの開発を手がけ、昭和36年に正式なメニューへ加えています。札幌市の公式観光サイトも、この店を味噌ラーメン発祥の元祖として取り上げています。
スープカレーの原型は、1970年代の「アジャンタ」の薬膳カリィだとされます。大量の野菜と鶏ガラでとったスープにスパイスと漢方薬を加え、ライスをスープに浸して食べる形を確立した店です。1993年に開業したマジックスパイスの店主・下村泰山は、インドネシア料理のソトアヤムを参考にしつつ「スープカレー」という名前で売り出したと語っています。
ジンギスカンは、肉と鍋の二通りを知っておくと注文しやすくなります。一度も冷凍せずチルド流通した生ラムはショルダーや肩ロース、モモを使い、羊肉特有の香りが少なく初めての人にも向くと紹介されています。味付けは醤油ベースのタレに漬け込んだもので、塩ダレや味噌ダレの店もあります。鍋は中央で肉を焼いて周りに野菜を置くものと、野菜の上に肉をのせて蒸し焼きにするものがあります。
鶏の唐揚げ「ザンギ」も外せません。農林水産省の「うちの郷土料理」では、釧路市末広歓楽街の鶏料理店が鶏一羽をぶつ切りにして唐揚げにしたのが始まりで、今は道内全域で家庭のおかずや弁当として食べられていると説明されています。名前は中国料理の「炸鶏」に、運が付くよう「ン」を加えたという説も取り上げられています。
すすきのという地名と、締めに食べるパフェ
すすきの観光協会の案内では、岩村通俊判官が薄井龍之工事監事に命じて、現在の南4・5条西3・4丁目に貸座敷や旅人宿、飲食店を移し、ここが「薄野遊廓」と呼ばれるようになったと説明されています。地名はこの薄井の姓にちなむという説が通説で、一帯が当時「茅野」、すすきのの別称だったからとする自然地名説もあるそうです。
この街には、飲食の締めにパフェを食べる文化があります。公式の観光マガジンは、発祥の正確な記録ははっきりしないとしつつ、2015年9月に発足した札幌パフェ推進委員会と賛同する7店舗が「シメパフェ」という言葉を作り、定義づけたと伝えています。すすきの発祥のこの言葉は、10年で全国へ発信されるまでになりました。
ハチャムとコッ、「しばれる」朝の言葉
駅名や地区名には、アイヌ語由来の地名が並びます。札幌市豊平区の公式サイトでは、月寒(つきさむ)の由来として「チ・キサ・プ」、われらが木をこするもの、つまり火起こしの道具を指す説と、「チ・ケシ・サプ」、丘の外れの下り坂とする説の2つが挙げられています。
厚別も川の名前から来ています。清田区の説明では、厚別川を指すアイヌ語から生まれた名前で、「アシリ・ペッ」(新しい川)、「ハシペッ」(かん木の川)、「アッペッ」(オヒョウダモの川)などの説が並びます。同じ川でも、厚別区より下流は「あつべつ」川、清田区より上流は「あしりべつ」川と読みが分かれるそうです。
発寒(はっさむ)の由来は、まちづくりセンターのページでは諸説ありとしつつ、アイヌ語の「ハチャム・ペツ」から転化したといわれています。ハチャムはムクドリのことで、別名を桜鳥、ペツは川。正式な村名として採用されたのは明治4年だそうです。別に「山葡萄の傍」と見る説もあります。
琴似の定説は「窪地になっているもの」で、コッ・ウン・イ、窪地に住む処に由来すると伝わります。地名研究のサイトは、知事公館の構内や北大構内の「シャクシコトニ」で竪穴住居跡が見つかっており、「コトニはまさに住む処であったよう」だと記しています。地名が土地の使われ方を覚えていた例です。
言葉そのものも旅の土産になります。「なまら」は一般に「とても」という意味の強調表現ですが、道産子の実感では「とても」や「すごい」のさらに上を指す場面で使われます。「しばれる」はただの寒いではなく、寒すぎて痛いと感じる温度、目安はマイナス10度以下。冷え込む朝と夜、しかも晴れた日に使われることが多い言葉です。
もう一つ覚えたいのが「〜さる」です。自分の意図と関係なく起きてしまったことを表す言い回しで、「間違えてボタンを押ささった」「ぼんやりしていたら書かさっちゃった」のように使います。思う・考えるのように動作を伴わない場合や、人に迷惑をかける場面には使わないほうがよいとされています。
帰る前に、もう一度地図を見てみてください。乾いた大きい川に由来すると伝わる名前の街で、碁盤の目は創成川の9度のずれを今も引き継いでいます。歩いてきた道がわずかに斜めだったと気づくころ、札幌は広い街というだけでなく、川と火防線の順番で組み立てられた街として記憶に残ります。
札幌市クイズ
全3問Q1
札幌中心部の碁盤の目が真北からわずかに傾いているのはなぜ?
残念、不正解 正解は ア「大友堀(現・創成川)を基準に区画したから」
札幌の街づくりは大友堀(後の創成川)を基準に区画されました。創成川は西に9度傾いているため、それに沿ってつくられた碁盤の目も真北からわずかにずれています。真北を基準にした山鼻地区の街路とは向きが微妙に違うのだそう。交差点で地図アプリの方位を見比べてみてください。
Q2
札幌市時計台は1906年、道路整備のために何をされた?
残念、不正解 正解は ア「塔をつけたまま約100メートル南へ曳家された」
1906年(明治39年)、札幌区は時計台を買い上げるとともに、道路整備のため時計塔をつけたまま100メートルほど南へ曳家しました。いま建つ場所は創建時の位置ではありません。現地では北側の通りを眺めて、元の位置を地図で探してみてください。
Q3
札幌「すすきの」の地名の由来として通説とされるのは?
残念、不正解 正解は ア「区画整理を担当した薄井龍之の姓」
すすきの観光協会の説明では、遊廓の区画整理を担当した工事監事・薄井龍之の姓にちなむ説が通説とされます。一帯が「茅野(すすきのの別称)」だったからという自然地名説もあると紹介されています。歓楽街のネオンの下で、人名かもしれない地名の話をしてみて。
出典
この記事は次の資料にもとづいて書いています。
- 1.札幌市内のアイヌ語由来地名 | 蝦夷島紀行
- 2.日本唯一!? ガタゴトじゃなくて「ゴロゴロゴローー!!」と走る地下鉄
- 3.札幌市路面電車ループ事業
- 4.碁盤の目が微妙にずれている件
- 5.火防線から後志通、そして大通
- 6.テレビ塔の歴史を楽しむ
- 7.さっぽろ雪まつりの歴史
- 8.さっぽろホワイトイルミネーション|歴史
- 9.日本で最初のイルミネーション「さっぽろホワイトイルミネーション」 | 日本ファッション協会
- 10.YOSAKOIソーラン祭りとは | YOSAKOIソーラン祭り公式ホームページ
- 11.時計台のあゆみ
- 12.赤れんが庁舎について
- 13.北海道神宮
- 14.藻岩山の自然
- 15.藻岩山
- 16.豊平館の歴史
- 17.北大ポプラ並木
- 18.札幌開拓使麦酒醸造所
- 19.二条市場|観光スポット|HOKKAIDO LOVE!
- 20.歴史と今が融合する商店街、狸小路が札幌を面白くする! | BRUTUS×札幌発の観光Webマガジン
- 21.札幌・味噌ラーメン特集 | ようこそさっぽろ
- 22.全国ご当地ラーメン - 札幌ラーメン | ラーペディア(新横浜ラーメン博物館)
- 23.札幌のスープカレー/札幌3大グルメの魅力に迫る! | ようこそさっぽろ
- 24.半世紀にわたるエポックな味を辿る。「札幌スープカレー」クロニクル〜前編〜 | BRUTUS.jp
- 25.札幌のジンギスカン/札幌3大グルメの魅力に迫る! | ようこそさっぽろ
- 26.ザンギ 北海道 | うちの郷土料理
- 27.道民のソウルフード「ザンギ」。その名前の謎と由来に迫る! | SODANE(HTB北海道テレビ)
- 28.すすきのの歴史 | すすきの観光協会
- 29.パフェを“大人の嗜好品”にした、札幌発祥の食文化。 | BRUTUS×札幌発の観光Webマガジン
- 30.札幌・すすきの発祥「シメパフェ」10年、全国発信へM&Aも | 日本経済新聞
- 31.地名で見る豊平区 | 札幌市豊平区
- 32.地名の由来 | 札幌市清田区
- 33.発寒まちづくりセンター|札幌市西区(札幌市)
- 34.生粋の北海道民が教える「なまら」の使い方 | 北海道Likers
- 35.しばれる=寒いだと思ってない?北海道弁歴20年以上の道産子の方言ニュアンス解説 | Sitakke
- 36.これは標準語にしたほうが便利っしょ!使える北海道弁「〜さる」 | 北海道Likers
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