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愛知県 名古屋市

名古屋市を歩いて確かめる 金鯱の雄と雌、二十五枚の板石、喫茶代全国二位の朝

名古屋城の金鯱は雄と雌で大きさが違い、鱗の数は雌の方が多い。熱田の二十五丁橋、羽島から移ってきた大須観音、赤レンガの織機工場、喫茶代が全国二位という統計まで、公開されている説明をたどりながら名古屋市を歩きます。

公開 出典 45件

愛知県名古屋市の風景
写真: WikiImages(pixabay)

名古屋の町歩きは、堀川という人の手で掘られた川から始めると見通しがよくなります。名古屋市の公式サイトの説明では、この川は1610年の名古屋城築城にあわせ、徳川家康の命によって開削され、工事を担当したのは福島正則だったとされています。名古屋城と熱田の海の間を結ぶ約6kmの水路で、材木や石、瓦といった重くて大きなものを運び、新しい城と町の建設を支えました。

その堀川の舟運とともに育ったのが四間道界隈です。市の町並み保存地区の案内は、慶長15年(1610年)の名古屋城築城とほぼ同時期に開削された堀川を使う商人の活動とともに発展したまちだと伝えています。道の名は、元禄13年(1700年)の大火のあとに道幅が4間(約7メートル)へ整えられたからともいわれます。戦災の被害が少なく、石垣の上に土蔵が連なる景色が今も残ります。

金鯱の雄と雌、清正石、隣り合う二つの庁舎

名古屋城天守の金鯱は、雄と雌で姿が違います。観覧ガイドによれば、北側の雄鯱は総高2.621m・重量1,272kgで金の鱗112枚、南側の雌鯱は総高2.579m・重量1,215kgで金の鱗126枚。体は雄が大きいのに鱗の枚数は雌が多く、鱗が小さく密に張られているぶん、きらびやかに見えるといいます。徳川家康の支配力や尾張徳川家の権威を誇示するため、天守に載せられたものとされています。

その天守は1945年の空襲で、主要な建物とともに焼けました。1957年に再建へ着工し、1959年、まちの節目である市政70周年記念事業として大天守・小天守・正門が鉄骨鉄筋コンクリート造で再建されています。現在の天守は閉館中なので、見上げるのは外からになります。

同じ戦災で失われた本丸御殿には、309枚の昭和実測図、約700枚の古写真、戦火を免れた1,049面の障壁画といった史料が残されていました。これらをもとに復元が進み、2013年5月29日に玄関と表書院、2016年6月1日に対面所と下御膳所が公開され、2018年6月8日に完成公開を迎えています。

石垣にも見どころがあります。名古屋城の石垣で最大の巨石は約八畳敷、重さは推定10トンで、加藤清正が運んだという伝承から清正石と呼ばれてきました。ただし公式サイトは、この石垣を施工した大名は黒田長政であり、清正の名を冠した話は近代になって創作された説話だと記しています。

名古屋城の話のついでに、昭和の庁舎建築も見上げておきたいところです。名古屋市役所本庁舎は昭和8年(1933年)9月6日の竣工で、昭和天皇の御大典事業として建てられた、日本趣味を基調とした近世式、いわゆる帝冠様式の建物です。平成26年(2014年)12月10日、隣接する愛知県庁本庁舎とともに国の重要文化財に指定されました。

愛知県庁本庁舎は昭和13年(1938年)の建築で、こちらも帝冠様式です。文化のみち二葉館のまち歩き案内では、市庁舎の抽象化された塔屋に比べ、県庁舎の頂部には城郭風の屋根が乗せられていると説明されています。下層部はテラコッタタイル、上部は白色磁器モザイクタイルで、国の重要文化財であり都市景観重要建築物でもあります。

栄村から来た名前と、地下を走り始めた電車

栄という地名は、昭和41年の新住居表示で設けられた新しい呼び名です。地元の法人会の資料は、地区内の旧町名のうち比較的知名度の高かった栄町から名を取ったと記しています。その栄町の名は、明暦年間(1655~58年)ごろに栄村(さこむら)、のちの中村区栄生町の住民がこの地区に店を出して商いを始めたことに由来すると伝えられています。

その栄へ、名古屋の地下鉄は最初の一本を通しました。1954年8月に名古屋から栄町間の工事が始まり、東京、大阪、横浜に次ぐ4番目の地下鉄として1957年11月15日に開業します。当日は名古屋駅1番ホームで初電車の発車式が行われ、午前9時48分、栄町へ向けて走り出しました。

栄には鉄塔も立っています。中部電力MIRAI TOWER、かつての名古屋テレビ塔は、日本初の集約電波塔として1954年6月に完成、開業しました。設計者は早稲田大学教授の内藤多仲工学博士で、のちのさっぽろテレビ塔や東京タワーも同じ博士の設計です。2022年12月12日には、全国のタワーで初めて国の重要文化財に指定されました。

中区の名古屋市科学館では、ドーム内径35mという世界最大級のプラネタリウムが動いています。この内径が世界最大であるとして、2011年(平成23年)にギネス世界記録に認定されました。

あんかけスパゲッティも1960年代に名古屋で生まれた洋食です。元祖を名乗るヨコイの公式説明では、初代店主が丸栄ホテルの洋食シェフだったころからスパゲッティの研究を重ね、1961年に親戚と「そ~れ」を共同で開いてコクと辛みのあるミートソースを作り、1963年に独立してヨコイを開業したとされています。

羽島から移ってきた観音と、その門前の商店街

大須観音は、もともと名古屋の寺ではありませんでした。寺の縁起が伝えるところでは、尾張国長岡庄大須郷、いまの岐阜県羽島市大須にあった寺を、名古屋の建設経営にあたった徳川家康が慶長十七年、まず第一にこの地へ移したとされます。以後は市の一大中心として繁栄し、門前が現在の大須商店街の始まりになったと名古屋の観光案内は説明しています。

地名としての大須も、この引っ越しから来ています。北野山真福寺宝生院が慶長17年(1612年)の清須越しで名古屋城下の現在地へ移り、それが大須という地名のもとになったというのが公式の由緒です。大須は日本三大観音の一つに数えられ、門前から続く町は今も名古屋のサブカルチャーの聖地として知られています。

大須に本店を置く青柳総本家は、1879年(明治12年)の創業です。ういろうの起源は小田原などにも伝わりますが、名古屋では昭和6年(1931年)に同店が名古屋駅で立ち売りを始めたことがきっかけとなり、1964年の東海道新幹線開通で車内販売が始まったことで、名古屋名物として広まりました。

味噌カツの由来は、ひとつに決まっていません。金シャチ横丁の解説では複数の説が並べて紹介されていて、串カツを赤味噌で煮込んだどて煮に付けて食べたことから発展したという戦後の屋台起源説のほか、老舗店が創業時にメニュー化したという説、洋食店が戦前から出していたという説が挙げられています。

見ることのできない神剣と、信長が返した塀

熱田神宮は、三種の神器のひとつである草薙神剣を御神体として祀る神社です。剣の宝庫 草薙館の案内では、450余口の刀剣を所蔵し、そのうち国宝・重要文化財に指定された刀剣は20口、愛知県指定文化財は12口とされています。御神体の神剣そのものは、天皇も宮司も直接見ることができないといいます。

境内には、土と石灰を油で練り固め、瓦を厚く積み重ねた築地塀が残っています。神宮の境内案内が伝えるところでは、永禄3年(1560年)に桶狭間へ出陣する織田信長が必勝祈願をし、大勝したお礼として奉納した塀で、兵庫の西宮神社の大練塀、京都の三十三間堂の太閤塀と並ぶ日本三大土塀の一つとされます。現存は約120m、往時は約400mあったそうです。

二十五丁橋は、二十五枚の板石が半円を描いて架かる太鼓橋です。造られた年代は明らかでないものの、享禄年間(1528年-1532年)にはあったとされ、1937年に一度解体され、1955年に元の材料で復元・移設されたといいます。名古屋甚句では、西行法師がこの橋に腰をかけたと唄われています。

熱田で食べるなら、ひつまぶしです。1杯目はごはんとうなぎをそのまま、2杯目は薬味を加えて風味を変え、3杯目はだしをかけてお茶漬け風にさらさらと、少しずつ食べ方を変えるのが定番とされます。考案元のあつた蓬莱軒は明治6年創業の鰻料理店で、公式サイトはこの食べ方が明治時代に確立されたと説明しています。

手羽先唐揚げの始まりも、この界隈だとされています。風来坊の公式サイトによれば、創業者の大坪健庫氏が1964年に熱田区比々野で店を開き、看板メニューのターザン焼き用の丸鶏が届かなかった日に、たくさんあった手羽先へ秘伝のタレをつけて出したのが始まりだといいます。

田楽坪の低地と笠をかぶせた娘、絞りを売る茶屋集落

緑区の桶狭間古戦場公園は、永禄3年5月19日に今川義元が討死したとされる場所に整えられています。緑区の案内は、この地が昔から田楽坪と呼ばれてきたこと、『信長公記』が義元討死の地を深田のそばの低地と記していること、慶長検地や天保絵図でもこの場所が確認できることを根拠に挙げています。園内には義元馬つなぎのねず、義元の墓、義元公水汲みの泉が残ります。

南区の笠寺観音は、天平5年(733年)の創建と伝わる古寺です。雨に濡れる観音像を見た娘が自分の笠をかぶせたところ、貴族の藤原兼平に見初められて京へ召され、玉照姫と呼ばれるようになり、夫妻で堂を建てたという言い伝えがあります。笠を覆った観音という話から、寺は笠覆寺と名付けられたと伝わっています。

この寺は尾張四観音の一つでもあります。名古屋の公式観光案内は、名古屋城築城後、城から見て四方にある荒子観音寺、龍泉寺、甚目寺観音、笠寺観音が名古屋城を鎮護する観音とされてきたと説明しています。その年の歳徳神という吉祥の神がいる方角、つまり恵方に一番近い寺へ参るとご利益があるといわれています。

同じ緑区の有松は、江戸と京都を結んだ旧東海道の池鯉鮒宿(ちりゅうのしゅく)と鳴海宿(なるみしゅく)の間にできた茶屋集落で、絞り染めの産地として栄えました。絞技法は100種にも及び、絹・綿・化繊に絞りをして伝統の手法を今日に伝え、日本国内における絞り製品の大半を生産していると紹介されています。2019年5月には日本遺産に認定され、日本遺産ポータルでは四百年の歴史を持つ町、絞り技法の多さは世界一と記されています。

赤レンガとのこぎり屋根、瀬戸への道が育てた邸宅街

西区のトヨタ産業技術記念館は、旧豊田自働織布工場と旧豊田紡織事務棟を再生した建物です。名古屋市公式サイトの説明によれば、工場は明治44年(1911年)、事務棟は大正14年(1925年)の建設で、いずれも平成6年(1994年)に改修されました。赤レンガとのこぎり屋根が当時の工場の面影を残し、同じ年に名古屋市都市景観大賞に選ばれています。

同じ西区のノリタケの森には、煙突の基部だけが立っています。市の説明では、この陶磁器焼成用トンネル窯の煙突は昭和8年から15年(1933年から1940年)に建造され、高さは45mあったものの、昭和54年(1979年)の工場移転のときに上部が撤去されたとしています。いまは陶磁器産業の歴史を伝えるモニュメントとして、広場の景観の一部になっています。

陶磁器は町の形まで変えました。名古屋市公式サイトの保存地区案内によれば、東区の白壁・主税・橦木町並み保存地区は、江戸時代には300石級の中級武士の居住地で、100坪から300坪程度の武家屋敷が多い一帯でした。明治以降は瀬戸への交通の便を活かして陶磁器産業の中心地として発展し、大正から昭和初期には陶磁器関係の貿易商や名古屋を代表する財界人が、質の高い和風住宅や近代洋風建築を建てています。

喫茶代が全国二位の町で、あんを選ぶ朝

名古屋の朝は、喫茶店から始まります。総務省の家計調査の平成29~令和元年平均では、1世帯当たりの年間喫茶代支出額は岐阜市の14,522円が最も多く、次いで名古屋市が12,768円、東京都区部が12,107円。名古屋市は全国2位でした。平成28年時点で市内には3,111の喫茶店事業所があり、区別では中区の394事業所が最多です。

その土地から全国へ出ていったのが、1968年に名古屋市で創業したコメダ珈琲店です。公式サイトのモーニング案内によると、ドリンクを頼むとパンが付き、具材は定番のゆで玉子、手作りのたまごペースト、コメダ特製のおぐらあんから選べます。2003年以降に出店を広げ、2019年6月には全47都道府県への出店を達成しました。

あんをパンにのせる朝食には、もっと古い話があります。大正10年(1921年)ごろ、栄にあった喫茶店「満つ葉」でトーストを餡に浸して食べる客が現れ、それを見た店主が初めから餡をのせたトーストを考えたのが小倉トーストの始まりとされます。その流れを継ぐ西区・円頓寺商店街の喫茶まつばは1933年の創業で、名古屋市内で現存する最古の喫茶店といわれています。

一日歩いて疲れたら、名古屋弁をひとつ持ち帰るのもよさそうです。名古屋弁の「えらい」は標準語の「偉い」ではなく、しんどい、疲れた、体調が悪いという状態を指します。顔色のすぐれない人に「えらそうやね」と声をかける、あの「えらい」です。帰り道で同行者がそう言ったら、それはよく歩いた一日の報告だと思ってください。

名古屋市クイズ

全3問
  1. Q1

    名古屋城天守に載る金鯱について、公式説明にあてはまるのは?

  2. Q2

    熱田神宮の「二十五丁橋」。その名が表しているものは?

  3. Q3

    笠寺観音の正式な寺号は「笠覆寺」。その由来と伝わるのは?

出典

この記事は次の資料にもとづいて書いています。

  1. 1.福島正則が語る「堀川と名古屋のものづくり」|名古屋市公式ウェブサイト
  2. 2.四間道町並み保存地区|名古屋市公式ウェブサイト
  3. 3.金鯱|観覧ガイド|名古屋城公式ウェブサイト
  4. 4.現代|名古屋城の歴史|名古屋城公式ウェブサイト
  5. 5.本丸御殿について|本丸御殿の復元|名古屋城公式ウェブサイト
  6. 6.復元の歩み|本丸御殿の復元|名古屋城公式ウェブサイト
  7. 7.石垣・清正石|観覧ガイド|名古屋城公式ウェブサイト
  8. 8.名古屋市役所本庁舎|名古屋市公式ウェブサイト
  9. 9.愛知県庁本庁舎|まちを歩く|文化のみち二葉館
  10. 10.名古屋栄の歴史と由来について
  11. 11.地下鉄と栄地下街|名古屋市公式ウェブサイト
  12. 12.当タワーの歴史|中部電力 MIRAI TOWER(名古屋テレビ塔)公式
  13. 13.名古屋テレビ塔|名古屋市公式ウェブサイト
  14. 14.プラネタリウム概要|FUJIなごや科学館
  15. 15.世界最大?名古屋市科学館とプラネタリウム
  16. 16.元祖あんかけスパ誕生秘話
  17. 17.あんかけスパの名店「ヨコイ」元々はイタリアンだった?
  18. 18.縁起|大須観音(北野山真福寺宝生院)公式サイト
  19. 19.徳川家康の「城下町(まち)たび」《三英傑のゆかりの地》|名古屋コンシェルジュ
  20. 20.名古屋の浅草「大須観音」の隠された歴史とは?
  21. 21.ういろうの発祥はどこ?なぜ名古屋名物として知られているのか大調査
  22. 22.青柳ういろう公式サイト
  23. 23.【名古屋めし】絶品「味噌カツ」の歴史は?
  24. 24.熱田神宮 宝物館/剣の宝庫 草薙館
  25. 25.信長塀|境内案内|熱田神宮
  26. 26.日本三大土塀とは!?
  27. 27.熱田神宮の境内にある「二十五丁橋」について知りたい。
  28. 28.名古屋名物「ひつまぶし」おすすめ名店13選
  29. 29.あつた蓬莱軒 公式サイト
  30. 30.元祖手羽先唐揚 誕生ものがたり
  31. 31.【こっちが元祖】名古屋手羽先界もうひとつの大物チェーン「風来坊」
  32. 32.桶狭間周辺のみどころ一覧|緑区公式ウェブサイト
  33. 33.笠寺観音(笠覆寺)|スポット検索|愛知県公式観光サイトAichi Now
  34. 34.尾張の恵方の観音様で邪気払い!名古屋の節分といえば尾張四観音|名古屋コンシェルジュ
  35. 35.江戸時代の情緒に触れる絞りの産地|日本遺産ポータルサイト
  36. 36.名古屋で味わう伝統美。日本遺産「有松」を巡ろう。|名古屋コンシェルジュ
  37. 37.トヨタ産業技術記念館(旧豊田自働織布工場・事務棟)|名古屋市公式ウェブサイト
  38. 38.ノリタケの森 陶磁器焼成用トンネル窯煙突の跡|名古屋市公式ウェブサイト
  39. 39.白壁・主税・橦木町並み保存地区|名古屋市公式ウェブサイト
  40. 40.喫茶店(NAGOYAライフ)|名古屋市公式ウェブサイト
  41. 41.モーニング|コメダ珈琲店
  42. 42.コメダ珈琲店 なぜ名古屋から急ピッチで「全国制覇」できたのか
  43. 43.名古屋市内で最も古い喫茶店と言われる「喫茶まつば」小倉トースト誕生秘話
  44. 44.名古屋メシ代表!小倉トーストの歴史
  45. 45.「しんどい」「疲れた」「体調が悪い」そんな時は“えらい”で解決!名古屋弁講座

この記事は、出典で確認できた事実をもとに AI の補助を受けて構成し、公開前に出典との照合を行っています。詳しくは編集方針をご覧ください。

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